西洋ハーブティーの歴史-薬草を煎じる文化から、ハーブティーが生まれるまで-
「ハーブティー」という言葉を聞くと、ヨーロッパの古い薬草園や、暖炉のそばでハーブを煎じる人々を思い浮かべるかもしれません。でも、その歴史をたどってみると、少し面白いことが見えてきます。
ヨーロッパでは、茶葉を使った「茶」が広まるよりずっと前から、植物を水に浸したり、煮出したりして利用する文化がありました。それは、必ずしも「薬」だけではありません。植物は薬であり、食べ物であり、香りを楽しむものでもありました。
1.昔から存在する、植物を煎じる文化
ヨーロッパの薬草文化をたどると、その重要な源流の一つに古代ギリシャ・ローマの薬物学があります。
その代表が、1世紀の医師ディオスコリデスによる『De materia medica(薬物誌)』です。この著作には、数百種類の植物について、その性質や利用法、調製方法などが記録されています。
そして、この知識はその時代だけで終わりませんでした。
中世から近世にかけて、ディオスコリデスの著作は繰り返し写され、翻訳され、解釈されながら、ヨーロッパの薬物学に長く影響を与えました。研究によれば、その影響は19世紀の薬局方にまで確認できます。
2.薬草は、暮らしの中にあった
中世ヨーロッパでは、植物は医学書の中だけに存在していたわけではありません。庭で育てられ、食卓に並び、香りを楽しむためにも使われました。修道院の庭園などでは、食用・薬用となる植物が栽培され、植物に関する知識が蓄積されていきます。当時の薬草文化では、植物は「薬」という一つの用途だけに限定されていたわけではありません。食べる、香る、身につける、、煎じる、薬として使うなど。
植物と人間の関係は、もっと幅広いものでした。
3.薬草を「楽しむ」こともあった
ここが、現代の私たちが忘れがちなところです。昔の植物の煎液が、すべて「病気を治すための薬」だったわけではありません。ヨーロッパ各地の民族植物学的研究では、薬効を目的とせず、香りや味を楽しんだり、食事と一緒に飲んだり、日常の飲み物として植物を煎じる文化が確認されています。
ヨーロッパでは、たくさんの植物が、そのような飲み物に利用されていました。
特に多かったのが、ミント類、カモミール類などです。
地域によって植物も、飲み方も、薬用・嗜好用の境界も違っていました。それでも植物を煎じた飲み物を香りや味のために飲むという文化がヨーロッパに存在していました。
4.植物の知識が、本になっていく
そして16世紀になると、ヨーロッパの植物文化に大きな変化が起こります。印刷術の普及です。それまで写本として伝えられていた植物の知識が、印刷された薬草書によって、より広い範囲へ伝わるようになりました。この時代の薬草書では、古代の文献を読み直すだけではありません。実際に生えている植物を観察し、
「これはどの植物なのか」
「どんな姿をしているのか」
「どのように利用するのか」
を記録するようになります。植物を絵で描き、名前を整理し、性質や利用法を記録する。こうして、薬草学と植物学は少しずつ近づいていきました。
5.植物の知識は、ヨーロッパの中だけにあったわけではない
ここも重要なところです。ヨーロッパの薬草文化は、ヨーロッパだけで完結していたわけではありません。古代ギリシャ・ローマの知識は、中世にはイスラム圏の医学・薬物学とも交わりました。さらに中世から近世にかけて、アジアや中東、そして1492年以降にはアメリカ大陸からも、新しい植物や薬物がヨーロッパへ入ってきます。つまり、ヨーロッパの薬草文化は、知識と経験、他の地域からの交流が重なりながら変化していったものでもあります。
6.そして「茶」がやってくる
ここで、現在のハーブティーを考えるうえで大きな転換点が訪れます。中国から、茶の木の葉を使った「茶」がヨーロッパへ入ってきます。17世紀になると、茶はヨーロッパで知られるようになり、特にイギリスなどで徐々に飲用文化が形成されていきました。ここで面白いことが起こります。
ヨーロッパにはすでに、植物を煎じて飲む文化がありました。
そこへ、茶の葉を煎じて飲む文化が新しく加わったのです。そして「tea」という言葉も、次第に茶葉そのものだけではなく、さまざまな植物を使った温かい飲み物を指すようになります。
7.フランスには「Tisane」という言葉が残った
一方、フランスには現在も、TIsane(ティザンヌ)
という言葉があります。これは英語の「tea」とは別の歴史を持っています。語源をたどると、古代ギリシャ語、ラテン語の言葉にさかのぼり、もともとは大麦の煎液を意味していました。
フランス語では13世紀には isene という形が確認され、その後、植物を用いた薬用飲料などへ意味が広がっていきます。つまり「植物を煎じた飲み物」という文化と、「茶葉を使ったtea」という文化は、完全に同じものではなかったのです。それぞれ異なる歴史を持ちながら、やがて現代のハーブティー文化の中で重なっていきます。
8.そして、私たちは今ハーブティーを飲んでいる
現在、私たちは当たり前のように、カモミールティー。ペパーミントティー。ローズティー。と呼びます。
けれど、その一杯をたどっていくと、古代の薬物学。中世の薬草文化。庭で育てられた植物。
植物を煎じる生活。味や香りを楽しむ飲み物。印刷された薬草書。そして、遠く中国からやってきた「茶」。それらが何百年もの時間をかけて重なっています。だから、ハーブティーは単に、「植物をお湯に入れて飲むもの」ではありません。
それは、人間が植物と付き合ってきた歴史の一つの形です。薬として。食べ物として。香りとして。そして、ただ「おいしいから」という理由でも。今日、私たちが一杯のハーブティーを飲むとき、その中には長い植物文化の続きを見ることができます。植物を知り、香りを感じ、味わう。その営みは、何百年もの時間を越えて、今も私たちのカップの中に残るはずです。
良いハーブの時間を

